猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

スポンサーリンク

毒親の呪縛から逃れる 中編 ~狂わされる私の人生~

前回の記事はこちら

www.nekomizake.com

 

学校でいじめにあっていた時、それを母親に話しても「我慢しなさい」の一言で済まされ、学校へ相談してくれることはありませんでした。

 

むしろいじめられている私を見て、どこか嬉しそうでもありました。

 

「いじめに負けないで頑張るんだよ」

と珍しく穏やかな口調で諭されました。

 

学校でもつらい毎日。

唯一安らげるはずの家でも、いつ怒られ殴られるかに怯え常に緊張状態。

 

私の居場所はどこにもありませんでした。

 

 

 

また私の両親は世間一般の常識に欠ける人間でした。

 

子どもにとって親というのは絶対的な存在です。

 

親の言うことが正しいと信じています。

良くも悪くも親の言動が正しいと思い、それが常識なのだと信じます。

そしてその通りに生きていきます。

 

私もそうでした。

 

しかし私は成長するにつれ、世間と自分の家との常識の違いに気づき始めました。

 

特に社会人になってからは一般常識を知らないばかりに、とても恥ずかしい思いをしましたし、そのことで職場の先輩たちからお叱りを受けることもたくさんありました。

 

その時は悲しい思いをしましたが、今思えばしっかりと指摘してくれて感謝しています。

 

それからの私は周囲を見渡し、これまで信じてきた親の常識が間違っていたことに気づき、それを修正して生きていくことに精一杯でした。

 

 

 

子どもの頃から親、特に母親から言われ続けた言葉があります。

 

「何でも自分でやりなさい」

 

何か困ったことがあって相談しても「自分でなんとかしなさい」と言われていました。

 

頼ることや甘えることは許されませんでした。

 

特に経済面では厳しく、欲しいものがあっても「自分で買いなさい」ですべて済まされていました。

ちなみに中学生の頃の私のお小遣いは月に500円でした。

これでは何も出来ません。

お金がないばかりにクラスメイトたちと普通に出かけることもかなわず、それが原因で仲間外れにされることも多かったのです。

 

 

 

進学に関しても親から経済面で制限を受けました。

 

自分で言うのもなんですが、私は決して成績が悪い方ではありませんでした。

私自身、勉強が好きな方で、将来は大学へ進学したいと考えていました。

自らすすんで勉強をしたいと思うことも良いことだと信じていました。

 

しかし、私の親は違いました。

 

「高校を卒業したら大学なんて行かずに、きちんと自分で稼ぎなさい」

 

こう宣言されました。

 

「私立はダメ。公立しか行かせられない」とも言われました。

 

 

私は進学校へすすみたかったのですが、中学の三者面談の時に母親が勝手に商業高校の推薦を決めてしまったのです。

 

この時に私は自分の意思をきちんと伝えれば良かったのかもしれませんが、そんな口答えをしたら家に帰ったときに暴力を受けることは目に見えていましたから、泣く泣く言うことをきくしかありません。

 

 

ここで私の人生は大きく狂わされたと、いまだに悔しい思いをしています。

 

あの時、怒鳴られても殴られても自分の努力でなんとかしていれば、また違った人生を歩めたのではないか? と現在でも思うことがあります。

 

しかし、当時まだ中学だった私にその勇気はありませんでした。

 

それほどまでに母親からの暴力による支配は、私の心に恐怖を植え付けていたのだと思います。

 

 

 

「自分のことは自分でなんとかしなさい」という親にとって、高校生になった私がバイトをするのは当然のことでした。

 

毎日、不本意な進学をさせられた高校へ苦痛を感じながら通い、私の心は疲れていました。

 

放課後は午後5時から10時まで5時間のバイト。

 

心身共に疲れ果て、今思えば当時の私はうつ状態だったと思います。

 

学校もサボりがちになり、無気力な日々を過ごしていました。

 

 

続く

 

スポンサーリンク