猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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毒親の呪縛から逃れる 前編 ~私の毒親~

「毒親」とは、子どもの人生を支配し、子どもに悪影響を及ぼす親のことを指します。

 

私の両親は毒親です。

 

毒親という言葉を知ったのは数年前のことで、今では一般的にも浸透している言葉だと思います。

インターネットでは「自分の親は毒親だ」という人が決して少なくありません。

私と同じようにつらい子ども時代を送ってきた人たちがいる、という事実に「私だけではないんだ」と共感からくる少しの安心と、毒親の存在の多さに驚きました。

 

 

 

私はとても貧しい家庭に生まれました。

 

父親は働いてはいましたが、休みの日になるとパチンコ店へ入り浸り。

自分の子どものこと、家庭よりも、何より自分の欲を優先する人間です。

私が高校生になる頃には浮気もしており、パチンコで多額の借金も作りました。

 

母親は私が幼い頃から私によく暴力をふるっていました。

時には鼻血が出るまで殴られたこともあります。

いつもイライラして怒ってばかりの母親でした。

母親が笑った顔は見たことがありません。

抱きしめられた記憶もありません。

 

母親の怒り方(叱る、とは違う)は独特で、母親に私が何か気が障ることをすると、「何でこんなことをしたの!」とそれに答えるまで何時間も正座をさせられました。

ある日、母親がとてもイライラしており、私もその負の感情に押され不機嫌になっていたところ、「なんでムスッとしているの!?」と言われたので「お母さんがイライラしているから・・・」と答えると、「あんたまでイライラすることないでしょ!」と殴られました。

 

母親の口癖は「叩かれたくなかったら言うことをききなさい」でした。

 

 

私には5歳離れた弟がいるのですが、母親は弟のことは大変可愛がっていました。

弟は何をしても怒られることがなく、私は欲しいものを何度もねだっても「我慢しなさい」で済まされていたのに対し、弟は何でも買ってもらえていました。

 

そして母親は弟のことはよく抱っこをしていました。

 

今でも強烈に記憶に残っているのは、私がいつものように正座をさせられていた時(どうして怒られていたのかは覚えていない)、隣の部屋で母親と弟がおやつを食べながら笑っていたことです。

当時の私はとてもショックを受けました。

 

 

弟が生まれるとき、母親が出産のため入院している時、私は風邪で高熱を出しました。

看病出来るのは父親しかいない状況です。

しかし、父親は病気の私を家に一人置いて、飲みに出かけたのです。

夜中に目を覚ました私はパニックになり家を裸足で飛び出し、近所の方に保護されたこともあります。

 

 

 

父親は私に無関心。

母親は私のことが嫌いなのだと思います。

 

常に否定されてばかりいました。

 

ある時、近所の方から「可愛いね」と褒められたことがあるのですが、その後、母親から「あんたなんてたいしたことないんだからいい気になるんじゃないよ!」と怒鳴られました。

 

またある時は家で勉強中、とても面白いと思ったことがあり、それを父親に「これはこうで、すごいんだよ」と一所懸命に説明していたところ、「うるさい!」と怒られました。

まさか勉強を楽しんでいることを怒られるとは思わなかったので、私はとても混乱しました。

恐らく父親にとって子どもと関わることは面倒でしかなかったのでしょう。

 

 

母親からは常日頃から、「あんたは性格が悪い」と言われていました。

私は「自分はダメな人間なんだ」と自分を責めました。

 

 

どんなに頑張っても褒められることがなく、それどころか否定ばかりされていました。

 

100%出来て当たり前。

120%頑張っても無視される。

99%だとすべてを否定される。

 

そんな子ども時代でした。

 

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