猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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何事も自分で経験してみないと分からない

もう半年以上前の話なのですが、左足にケガを負い、一週間ほど松葉杖をついたことがありました。

40年以上生きてきて初めての松葉杖です。


とても不便な生活を強いられました。

 

両手が塞がっているため家事もろくに出来ず、お風呂もお手洗いに行くのも一苦労。

外出先では車を身障者用スペースに停めて、車いすをお借りし娘に手伝ってもらいました。

数段しかない階段の上り下りも躓かないよう一段一段慎重に。

 

自分で松葉杖をつくまでは、それまで車いすを利用している方や同じく松葉杖をついている方を見て、「不便なのだろうな、大変なのだろうな」くらいの認識しかなかったのですが、実際に自分で体験してみると、想像していた以上に大変でした。

 

実際に経験しないと分からない苦労がたくさんあるんだなぁ、と切実に実感できた体験でした。


同時に自分の認識の甘さが恥ずかしく、未熟なことを思い知らされました。

 


これは一例ですが、タイトル通り、自分で体験してみないとその苦労は理解出来ないということが分かりました。

 


私は現在、気分障害で心療内科へ通院しています。

現在は服薬していれば日常生活には支障はありませんが、10年以上前に重度のうつ病を患ったことがあります。


その頃に感じていたのは「精神科医に患者の気持ちは理解出来ない」ということです。


医師にもよりますが、ほとんどの医師は患者の気持ちを汲み取ってくれません。


こちらが話を聴いてほしい、つらい気持ちを理解してほしい、死にたいと思う気持ちを治してほしい。


どんなに必死に訴えても医師が病気を経験していないので患者の本当のつらさを理解出来ず意思疎通が出来ずに、なんの解決にもならず、診察する度にかえって具合が悪くなってしまう、ということがしょっちゅうありました。


もちろんなかには良い先生もいらっしゃいますが、それはまれです。


最終的には自分の病気のつらさは自分で治すしかないのだと絶望した経験でした。

 

この件も、結局は実際に体験していないことは理解出来ない、という分かりやすい例だと思います。

 

 

とはいえ、人生は人それぞれ。

すべてのことを体験することは不可能です。

 

世の中には様々な病気や障がいを抱えた方たちがいます。

中には認知度が低く、医師にすら理解されない難病を患っている方もたくさんいます。


差別や偏見にあってつらい日々を過ごしている方たちも多いです。


正直、その方たちのつらさのすべてを理解するのはとても難しいことだと思います。


本当の大変さは経験した人にしか分かりません。

 

むしろそこで「私はそのつらさが理解出来るよ」と簡単に言ってしまったら、「あなたに私の苦労の何が分かるの?」とかえって相手を傷つけてしまいます。


それでも、「私にはあなたの本当の苦労は理解することは出来ないけれど、少しでもその苦労を分かち合いたい」と伝えることが、本当の理解への一歩だと私は思います。

 


冒頭で述べた私がケガをした体験ですが、恥ずかしながらそれまではお店に置いてある貸出用の車いすの存在すら目に入っていませんでした。

実際に使う立場になって初めて気が付いたことがたくさんあります。


親切なお店では車いすに乗っていても買い物しやすいように買い物かごを置けるカートも設置されていたり、そういうお店はとても助かりました。


その一方で、車いすがないお店もありました。


しかし、私自身、ケガをするまで車いすの有無など気にしたことがなかったので、我ながらなんと無知な人間だったのだろうと恥ずかしくなりました。

 


病気やケガだけではなく、人生における体験、例えば結婚や出産、子育てなど様々なことがありますが、それらも経験した本人にしか苦労や大変さは分かりません。

 

ですから、誰かが大変なつらい思いをしている時は、想像力を働かせ、「世の中にはもっと大変な人もいるんだよ」なんて冷たい言葉を発することなく、「あなたはとても頑張っているよ」と思いやりをもって接していきたいですね。

 

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