猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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人生のスタートラインはそれぞれ違う・・・、のも自己責任?

私がよく思うのは、人生というのは本当に不平等なものだなぁ、ということです。

優しい両親で裕福な家庭に生まれてくる人もいれば、一方で貧乏な毒親のものへ生まれてくる人もいます。


生まれてくる環境は選べません。


例えれば、生まれながらに豪華客船に乗っている人と、荒海の中に浮き輪なしで放り込まれる人、くらいの差があります。


もともと人生など平等でないことは承知しているつもりです。

公平な世の中など理想でしかありません。


最近では人生をゲームの難易度に例えて、

「イージーモード」
「ハードモード」

と表現されていますが、とても的を射ているなぁ、と思います。


それぞれの人生のスタートラインは違うのです。

 

それは仕方のないこと、というより諦めるしかありませんが、私が問題だと感じるのは、恵まれた環境に生まれた人が、そうではない人に、


「あなたの努力が足りないから、そういう人生なんだ」


と「自己責任」として押し付けてしまっていることです。

 


学歴がないのも自己責任。

高収入の仕事に就けないのも自己責任。

経済的理由で結婚出来ないのも自己責任。

結婚をして配偶者が借金をしたり浮気をしたりするのも「そういう相手を選んだお前が悪い」と自己責任。

そして別れて苦労するのも自己責任。

 


「学歴は親の敷いてくれたレールではなく、自分の努力の証し」

「自分だったら、そんなダメなパートナーは選ばない」


といった内容の発言をする方もいるようですが、人生それぞれ個人的なさまざまな事情があります。


そもそも荒海に放り込まれた人間からすれば、まずは泳げるようになるまで努力しなければなりません。

そしてさらに努力を重ねて、粗末でも泳がなくてすむボロボロの木のボートを手に入れるのです。

豪華客船に乗るなど、どんなに努力を重ねても不可能なほどのハードモードです。

木のボートの上で生きていくことで精一杯です。


初めから豪華客船に乗っている人には、この努力は想像すらつかないでしょう。

自分がいかに恵まれた環境に生まれ、それがどれほど運の良いことなのか自覚がない。

それだけならばまだしも、それを自分の努力の結果だと勘違いしている人もなかにはいます。


誤解を招かないよう言っておきますが、恵まれた環境の人が何も努力をしていない、というわけではありません。

ただ恵まれない環境に生まれた人と比べて、努力しなければいけない量が根本から違うのです。


その辺りの事情を考慮せず、ただ「自己責任」と押し付けられる。


恵まれない人間としては、こんなに理不尽なことはありません。

 

大学への進学を例にすると分かりやすいのですが、家庭の経済的事情や親の理解のなさで進学をあきらめざるを得ない人、また進学出来ても奨学金という名の借金を背負わなければならない人がいる一方で、親の理解も経済力もあり、お金の心配をせずに医科大学や音楽大学へ進学出来る人もいます。

本人の努力ではどうしようもない事情もあるのです。

 

経済的な問題だけではなく、家庭内における親子関係も大きく左右されます。


親から大切に育てられる人もいれば、虐待を受けながら育つ人もいます。

大事に育てられた人は優しい心を持った人になれますが、虐待を受け続けた人は大人になってから精神疾患を患い、苦しい人生を送らなければならない可能性が高いです。

 

これらも「自己責任」なのでしょうか?


本人が悪いのでしょうか?

 


もう一度言いますが、人は生まれてくる環境を選べません。

生まれながらに人生ハードモードの人もたくさんいます。


そういう人たちを「自己責任」という言葉で責めないでほしいのです。


これ以上、追い込まないでほしい・・・。


個人で努力をいくら重ねても、自分の力だけではどうにも出来ないことがこの世にはたくさんあります。


まずは世間に、その事実を認識してほしいと思います。


どうか「自己責任」で片づけてしまわないでほしい。


それが人生ハードモードな私の願いです。

 

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