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娘が不登校だった頃、周りからよく言われていたのが、「大変ですね」という言葉。
しかし私自身は、娘の不登校について「大変」、などとは微塵も考えていませんでした。
確かに初めて娘の口から「学校へ行けない」と言われたときは驚きました。
と同時に、よほどの事情があるに違いない、とも思いました。
私は娘が「怠け」や「ずる休み」をしたくて、そういうことを言う子ではないと信じていたからです。
そして娘から事情を話してもらい、学校へ行きたくない、と思ったきっかけを聞き、「それは行きたくないと思っても仕方がない」と納得しました。
私自身、子どもの頃に学校へ通うことが苦痛で仕方がなかったので、気持ちが分かるような気もしました。
ですから無理やり手を引いて学校へ連れて行こうとは思いませんでしたし、むしろ娘の心が疲れ果ててしまっている状態でしたので、少し休ませたほうがいいと考え、そうさせました。
幸いながら、小中学校の担任の教師のなかで無理に学校に来なさい、ということを言ってくる先生もいませんでした。
子どもが不登校になると、無理やり学校へ連れて行こうとする方、なんとか宥めて通わせようとする方もいらっしゃると思いますが、子どもが風邪で熱を出した時にはきちんと休ませますよね?
それと同じで、子どもの心が疲れているときには休ませることも重要だと思います。
ここで無理をさせると後々こじらせて、もっと大変な事態になるからです。
心の病を患う可能性が高いです。
子どもが学校でいじめにあっているパターンはなおさら注意が必要です。
ここで「いじめに負けずに学校へ行きなさい」などと無理やり行かせると、子どもは誰にも頼ることが出来なくなり、さらに追い詰められます。
最悪、行き着く先は「自殺」です。
そこまで子どもに無理をさせ、学校へ行かなければいけない理由などありません。
子どもの命より大事なものはないはずです。
私は娘が不登校になっても、娘のことが大好きであることには変わりなかったです。
娘は「学校へ行けなくてごめんね」と時折謝ってくることもありました。
やはり学校へ行けないことへの罪悪感があったのでしょう。
私はその度に、娘が学校へ行っていても行っていなくても変わらず大好きだということを伝えていました。
不登校であっても娘の価値が下がることなど、まったくありません。
とにかく無理をせず頑張りすぎずに、ゆっくりと休養することをすすめていました。
私の考えとしては、「つらい思いをしてまで学校は通うところではない」と思っています。
不登校になっても、子どもが元気に生きていてくれたら、それで充分です。
私がこう話すと、
「子どもの将来はどうなるの?」
「進学はどうするの?」
といった疑問を抱く方もいます。
私はその点についても、あまり心配はしていませんでした。
特に中学なのですが、「きちんと高校へ行かないと人生台無しになるぞ」くらいの脅しのようなことを教師たち大人から言われてしまいます。
しかし、そんなことは一切ありません。
世の中は私たちが考えているより、ずっと広くて自由です。
高校は通信制や定時制もありますし、高校へ行けなくても将来子どもが勉強したいと思い立ったときには高卒認定試験というものもあります。
他にも公務員を目指すなら、受験資格としては「高校卒業程度」というように学歴を要件として課しているわけではないので、試験勉強を頑張れば公務員になれる可能性もあるのです。
その時の子どものペースに合わせると良いかと思います。
子どもの将来への道は幅広く用意されているのです。
ですので、進学や将来については、あまり過度に心配する必要はないと思います。
大事なのは子どもの気持ちを焦らせないことです。
子どもを信頼し尊重することが何より重要だと私は思います。
親が「とにかく学校へ通わせないと」と必死になっていると、それは子どもに伝わります。
これが子どもにとって余計にストレスを与える原因にもなってしまいます。
学校へ行かなければならない、というのは子ども自身が一番感じています。
親に出来ることは、子どもを信じて待つ、焦らずにゆっくりと休養させる、ということです。
無理やり学校へ通わせても子どもがつらい思いをしている。
親として、そんな子どもの姿を見て嬉しいですか?
不登校になっても、子どもが元気で笑顔でいてくれたほうが嬉しいのではないでしょうか?
私は「学校」よりも「娘の笑顔」を選択しました。
私にとって娘は何より大切な存在だからです。
不登校についてはいろいろな意見があると思います。
実際に偏見を持っている人もたくさんいました。
お子さんが不登校で悩んでいる方々もたくさんいらっしゃると思います。
ここで述べたのは、あくまでも私個人の考えです。
ですので「こうすべきである」と押し付ける気持ちはまったくありません。
しかし、悩んでいる人たちへ少しでも参考になれば、と思います。
続く