猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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娘が不登校だった話その3 ~大人たちの対応~

前回の記事はこちら 

www.nekomizake.com

 

保健室登校を始めた娘でしたが、保健室の先生、校長先生や教頭先生にはとても丁寧な対応をしていただきました。

保健室の先生はとても優しく、娘も悩みを相談したり、おしゃべりをしたり、とても安心して登校していました。

教頭先生はお忙しいなか、娘に付きっきりで勉強を教えてくださったり、校長先生は給食の時間に校長室で娘と一緒におしゃべりをしながら給食を食べたり、と娘のためにとても親身になってくださいました。

無理に教室へ行かせようとしてくれずにいたのも有難かったです。

学校側が保健室登校を受け入れてくれたおかげで、娘は勉強に遅れをとることもなく、順調に学校へ通うことが出来ました。

卒業式は娘のためだけに特別に時間を割いて、みんなとは別に式を行ってくれました。

今でも小学校の対応には感謝しています。

 

保健室登校をする娘への偏見はもちろんありました。

ある時、娘が友人と遊んでいた時のこと。

その友人宅へお邪魔していたのですが、その友達のお母さんから「学校へはきちんと行かないとダメだよ」などと言われたこともあります。

修学旅行へはなんとか参加することになっていた娘でしたが、そのお母さんからは、

「旅行だけは参加するの? 教室へは行っていないのに?」

と心無いことを言われたそうです。


私自身は娘の保健室登校についてマイナスの感情は抱いていなかったので、このことを娘から聞いたときは、とても悔しかったです。

「あなたには関係ないでしょう?」

とも思いました。

娘には娘の事情がある。

でもそれを否定してくる大人がたくさんいたのも事実です。

 

中学校に進学する際、私には大きな不安がありました。

病院の担当医から、娘の通うことになっている学校が、不登校に対する対応があまり良くない、との噂を聞いていたからです。


おそらく娘は教室へ行くことは難しい。

でも娘本人は勉強する意欲はあったので、小学生の頃のように保健室登校が望ましい。

担当医もそう判断したので、学校への意見書を書いてもらいました。


しかし、中学校からの返事は、

「受け入れられない」

とのことでした。


理由は、他にも不登校の生徒がいるので特別扱いするわけにはいかない。

娘の保健室登校を受け入れたら他の生徒も受け入れざるを得ない。

人数が増えると対応しきれない。


そういう理由で断られました。


ある意味、予想通りの返答でしたが、私も娘も大きく落胆しました。


とりあえず入学式にはなんとか参加し、翌日も頑張って教室へ入ってみましたが、娘の心の負担は大きく、それからは完全な不登校になりました。

 

その1でお話した通り、義務教育は大人(親や教師)が子どもに教育を受けさせる義務があります。

学校側はそれを放棄しました。


娘のショックは計り知れないものだったと思います。

 
親である私が言うのもなんなのですが、娘は私に似ず賢く勉強も出来る子です。

しかし学校で勉強をする機会を失ってしまった。

勉強をする意欲はあるのに、それを閉ざされてしまった。

家でワークやドリルで勉強したりもしましたが、それでも自学では限界があります。

 

娘は後にこう語っていました。


「中学校で受け入れられなかった時に、もう普通の人生は歩めないんだな、と思った。私はしっかりと勉強をして高校も進学校へ行って大学へ行くものだと思っていたけど、それはもう不可能なんだな、と思った。みんなが出来ている『普通』『当たり前』の生活はもう送れない、と悟った」と。

 

その後、市内の教育センターへ相談し、「適応指導教室」へ通ってみることになりました。

そこでは事情があって不登校になった生徒たちが数人いて、ほんの少しの勉強と、あとはみんなで遊んだり、遠足や調理実習、いろいろな小さなイベントが行われている場所でした。

教室の先生方はとても優しく丁寧に対応してくださいましたが、娘はやはり「教室」という場所を受け入れるのが難しかったらしく、ほとんど通うことは出来ませんでした。

それにこの適応指導教室でも、目標は「学校へ復帰すること」でしたので、その点も娘には合わなかったのかもしれません。

 

このように娘の中学校3年間は娘自身にとって、とてもつらい時期でした。

当時の娘は、当然ですがいつも元気がなく、表情も暗くなってしまい、私はとても心配でした。


大人たちからの不登校に対する偏見と、「学校へ行くべき」という思考は、私にはどうすることも出来ず、常にもどかしい思いをしていました。

 

次回は「不登校」について私がどう対応したか、どのような考えを持っていたかをお話したいと思います。


続く

 

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