猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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娘が不登校だった話その2 ~不登校になったきっかけ~

前回の記事はこちら

www.nekomizake.com

 

 

娘は小学校高学年から保健室登校をしていました。

教室へ行けなくなってしまったのです。

きっかけとなった原因はいろいろあります。

 

娘はクラスのグループの班長を任されることが多かったのですが、それが負担になっていたようです。

責任ある班長の役割を、言葉が悪いですが「押し付けられた」感じです。

それでも娘は頑張っていましたが、班で何かしらの相談や行動をしなければならないときに、同じ班のクラスメイトから文句ばかり言われる。

責任だけ娘に任せておいて、言いたい放題だったようです。

いつしか娘はそれが苦痛になっていました。

 

中学年の頃は、クラスメイトからの嫌がらせもありました。

「〇〇ちゃんが悪口言っていたよ」

などと、わざわざ娘に報告してくる子がいました。

ある時は、娘が放課後に残ってクラスのイベントの飾りつけを一所懸命に作ったことがあるのですが、翌朝に登校すると、その飾りがゴミ箱に捨てられていたり、といったいじめも受けていました。

それを泣きながら話す娘を見て、私はすぐに担任の教師に報告しましたが、「いじめ」という言葉が出てくるのを極端に恐れ避けていた教師でしたので、曖昧にされてしまいました。

また、この教師から娘は体罰も受けました。

理由は「教科書に名前を書き忘れた」だけです。

私は娘を叩いたりしたことなど一度もなかったので、娘は初めて他人から暴力を受けたことになります。

とてもショックを受けていましたし、私としても大切な娘が体罰を受けたことに激しい怒りを覚えました。

 

娘は中学年のあたりからクラスの、いわゆる「女子同士のなれ合い」「女子のグループ付き合い」のようなものが苦手で、休み時間は男子たちとサッカーでわいわいと遊ぶのを楽しんでいました。

それがクラスの他の女子から反感をかっていたようです。

このことも娘にとっては大きな心の負担になっていました。

 

高学年になり担任の教師も変わりましたが、この教師は厳しいことで有名でした。

また、算数の授業だけ別の教師が担当するシステムだったのですが、その教師の対応にも問題がありました。

娘が「ここが分からないので教えてください」とお願いしても、「どうして分からないんだ!」などと言われたことがあるようです。

分からないところを教えるのが教師の役割だと思うのですが、この教師はそれを理解していませんでした。


そして教室へ行けなくなった決定打が、担任の教師から「声が小さい」と言われ、みんなの前で立たされたこと。

娘は泣きながらそれを私に話してきました。


私は、娘はもう限界にきている、と思い、すぐに心療内科へ連れていきました。

そこは私が通院している病院の医師が「子ども外来」と称して子どもを診てくれる病院です。

担当の医師からは、「声が小さい、などと怒るのは教育委員会へ訴えてもいいレベルの話です」と言われました。


そして娘は、


「不安障害」

「適応障害」


と診断され、不安を和らげる薬が処方されました。

 

それから娘は教室へ行くことが出来なくなりました。

担任の教師には病院へ行ったことを報告し、教室へ入るのは難しいということ、でも勉強する意思は充分あるということを伝えました。


そして保健室登校を勧められました。


娘も保健室なら通えそう、だということで、そうすることになりました。


それ以降、娘は小学校を卒業するまで保健室登校を続けました。


中学生になり、入学式と翌日のみは登校しましたが、やはり教室へ入ることへの恐怖心は拭えず、その後は3年間、完全な不登校になりました。

 

これまで挙げた他にも、教室へ行けなくなった理由は様々あると思います。

娘の心の負担も相当なものだったでしょう。

私自身も娘のことを考えると、そんなにつらい思いをしてまで学校へ通う必要はない、という考えへ至りました。

 

次回は不登校へ対する学校の対応などをお話していきたいと思います。


続く

 

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