猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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娘が不登校だった話その1 ~「義務教育」とは?~

私には現在、高校生の娘がおりますが、実は娘は小学校高学年からは保健室登校、中学校は入学式と翌日に出席しただけで、あとは完全に不登校でした。

今回はその頃のことをお話していきたいと思います。

 

その前に、まず「義務教育」とは何か?

ということをお伝えしたいと思います。

 

これは教師でも勘違いをしている人が多いのですが、「義務教育」というのは本来「子どもの義務」ではありません。

ここで誤った認識を持っている方々はとても多いと思います。

「義務教育」の正しい意味。

それは「義務教育」とは「大人」が「子どもに教育を受けさせる義務」がある、ということです。

「子どもの義務」ではありません。

「大人側の義務」です。

あくまで子どもは「教育を受ける権利」があるにすぎません。

大人たちが「最低限、子どもにこれだけの教育を受けさせようね」というのが「義務教育」です。

 

これを勘違いしているゆえに、子どもが学校に行きたがらなくなった時、「子どもの義務だから」と無理やり登校させようとする親や教師が多いと思います。

しかし、子どもが何らかの事情で「学校を休みたい」と思ったとき、子どもがその権利を行使出来ない状況に陥ることもあります。

 

義務教育、というより「学校」というシステムは人間が作り上げたものなので、もちろん完璧ではありません。

欠陥もあります。

すべての子どもが、そのシステムに順応出来るはずはもちろんなく、当然合わない子も存在します。

それを無理に型にはめようとすると、ひずみが生まれます。


「学校へ通えなくなった」


子どもがこうなると大人たちは大騒ぎをしますが、一定数の不登校の子どもたちが出てくるのは、ある意味仕方のないことだと思います。

子どもたちみんなが楽しく学校へ通う、というのは不可能です。

 

私は義務教育のすべてを批判しているわけではありません。

日本の義務教育は、社会に出る際に必要な知識を幅広く教科として用意し教えてくれますし、素晴らしい部分ももちろんあります。

集団生活において他者とのコミュニケーションの仕方を学ぶことも出来ます。


しかし、デメリットが多いのも事実です。


そもそも集団生活を苦痛に思う内向型の性格の子どももいますし、そういう子どもにとっては学校はとてもつらい場所になってしまいます。

個人によって学ぶペースも違いますから、勉強が出来る子どもにとっては授業がのんびりしすぎと感じますし、苦手な子どもにとっては授業についていけなくなることもあります。

個性や個人差が無視され、すべての子どもたちを学校という同じ枠におさめるのは無理のある話です。

そうしたうえで、不登校の子どもたちが存在するのは当然の結果ともいえます。

 

「不登校」というと、とても大きな問題にされがちですが、以上に綴ったことを踏まえると、それほど特別に問題のある子どもがなるわけではなく、どんな子どもも不登校になる可能性があります。


不登校までいかなくとも、学校へ通うことを苦痛に思っている子どももたくさん存在すると思います。

むしろ楽しく通っている子どもたちのほうが少ないのではないでしょうか?

 

以上が私の個人的な学校や義務教育に対する考えです。

これらを踏まえたうえで、次回からは実際に娘が体験した不登校について、いろいろ綴っていきたいと思います。

 

不登校について悩んでいる方、また不登校へマイナスなイメージを持っている方、いろいろな方々がいらっしゃると思いますが、少しでも何かの参考になれば、と思います。


興味のある方は読んでいただけると嬉しいです。

 

続く

 

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