猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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「死にたい」という感情の正体

昨今のSNSを見ていると、実に多いな、と思うのが「死にたい」と発言している人たち。

私自身もうつ病を経験しているので、本気で心の底から「こんな私、いないほうがまし。死にたい」と思っていたこともありますし、うつ状態を脱した現在でもたまにふと「あー、死にたいなー」となんとなく考えてしまうことがあるので、気持ちはよく分かります。


死にたい、と考えてしまうのは責められることではない、と私は思っています。

ただ、「本当に死んでしまってもいいのか?」と問われたら、答えは「ノー」です。


現代人は本当に忙しく、心の余裕を保つのはとても大変な時代です。

会社がブラックで仕事が大変。

ワンオペ育児。

学校での勉強、コミュニケーションが大変。

家族と上手く関係を保てない。

恋人や友人と上手くいかない。

などなど、ストレスとなる要因は山ほどあります。


そんな時、あまりのつらさから、ふと思う「死にたい」。

ほとんどの方は、こう思った経験はあるのではないでしょうか?


しかし、人間も動物ですから「死」への恐怖心は持ち合わせています。

ですから、本当は死にたくないんです。

すっと頭をよぎる「死にたい」という感情の正体はこうです。


「この今のつらさから楽になりたい」

「こんなにつらいのなら消えて楽になりたい」


とにかく現状のつらさから解放されたいという思いが、「死にたい」に変換されているんですね。
ですから、誰しもこういう感情を抱くことは当然です。


よく言われるのが「死にたい」という人に対して、「生きたくても生きられない人もいるのだから頑張れ」という言葉。

これはなんの慰めにも励ましにもならないどころか、つらさを抱えている人を更に追い込んでしまいます。

つらさの感じ方は人それぞれですし、抱えている事情や環境も違います。


「あなたより大変な人はたくさんいる」

「もっと頑張っている人がいるんだ」

「生きたくても生きられない人が・・・」


などというのは、そもそも人のつらさを測る物差しが合っていません。

キャパシティーも個人差がありますから、根本的なところから他人と比べられるものではないんですよね。

人の感情を測るのに、上とも下とも比較してはいけないんです。


それにしても、「死にたい」と考えてしまうまでストレスを抱えこまなければいけない現代社会とは、一体なんなのでしょうね・・・。

日本の、自殺で亡くなってしまった方の数は異常です。


以前の記事でも書きましたが、日本は「苦労と我慢、忍耐」が美徳とされていることにも原因があると思います。

「楽しむことは悪」のような認識も、特に高齢の方に多い考えですよね。


人生は一度きり。

もっと楽になっていい、と私は思います。

「死にたい」と思うまで頑張る必要はない。

耐える必要なんてどこにもない。


人は楽しむために生まれてきているんです。

苦しむために生まれてきたのではないんです。


わざわざ自らいばらの道を選択する必要はありません。

つらいことからは、さっさと逃げてしまいましょう。

この「逃げ」は自分を守る防衛手段です。

決して恥じることなどありません。


それこそ今の時代、SNSなどで自分のつらさを発言して誰かに聞いてもらって、少しでも心の整理が出来るなら、それでいいと思います。

信用できる人に相談するのもいいですね。


とにかく、どんなことでもいいので、自分が楽になれる道を選びましょう。

それを否定してくる人も少なからず存在するとは思いますが、そんな人の意見に耳を貸す必要はありません。


どうか自分を一番に大切にしてほしい。

そして「死にたい」が心から消えることを望みます。

どうかみんなが幸せになれますように・・・。

 

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