猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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猫見酒のうつ病体験その8 ~自己肯定感の低さが招くこと~

前回の記事はこちら

www.nekomizake.com

 

~抱き始める「死にたい」という感情~

中学生、高校生のころから「死にたい」という気持ちが湧いてきました。

学校での友人たちとの付き合いがなかなか上手くいかず、学校へ通うのが苦痛でしたし、安心出来るはずの家でも否定され続ける。

「自分の小遣いは自分で稼げ」と親から言われていたので、高校へ通いながら、帰宅後は午後5時から10時までのバイト。
身体も心も疲れ果てていました。


私は誰からも必要とされていない。

私の居場所はどこにもない。

楽しいことなんて何一つない。

もう死んでしまいたい。

私が死んでもきっと誰も悲しんでくれない。

そんなことばかり考えていました。


当時の私は大学進学を希望していましたが、それを親に伝えたところ、

「うちはお金がないからダメ!」

「大学なんて行かずにさっさと自分で稼げ!」

と私の望みはきいてもらえませんでした。


ちょうど就職氷河期に突入したところで、就職先を探すのも一苦労。

教師も親も、「とにかく頑張って就職しろ」の一点張りで、私は望みもしない妥協に妥協を重ねた小さな会社に就職しましたが、そんな思いで入社した私の仕事に対するモチベーションが上がるはずもなく、3か月で辞めてしまいました。

 

~ブラック病院~

その後、バイトをしながら医療事務の資格を取り、市内の総合病院へ就職することが出来ました。

とにかく仕事は頑張りました。

幸いにもその頑張りが認められ、どんどん重要なポジションを任されるようになりました。

自己肯定感の低い私にとって、誰かに認められるというのは、これ以上ない幸せでしたから、どんなに仕事がきつくても頑張りました。

月に100時間の残業は当たり前で常に睡眠不足 、研修医や看護師、先輩たちからのいじめにも耐えました。

しかし、そのストレスと疲労は確実に私の身体と心を蝕んでいきました。

ある朝、車での通勤途中、

「今、電柱にでも突っ込んで事故を起こせば、好きなだけ眠れる・・・」

そんな考えが頭に浮かびました。

この頃の私は、今思えばうつ状態だったのだと思います。
いつでも死ねるように・・・、と枕の下に包丁を入れて眠っていました。

それでも病院を辞める、という選択肢は私の中にはなく、この異常な状態も特におかしなこととは自覚していませんでした。

そんなある時、私と同じ年齢の大卒の新人が入ってきました。
そして、その人が私より多い給料手当やボーナスを貰っていることを知りました。

学歴の差です。

そこで私の心は折れました。

「もうこれ以上は頑張れない」

こうして私は病院を退職しました。

疲れ果てていた私は、その後半年ほど再就職できず、引きこもりになっていました。

 

~ダメンズ~

もともと恋愛感情がない私ですが、「誰かと付き合わなきゃいけないのかなぁ?」という感じでわずかな期間ですが恋人がいた時期もあります。

しかし、自己肯定感の低い私ですから、「私なんかと良い人が付き合ってくれるわけない」という思いから、いわゆる「ダメンズ」ばかりと付き合っていました。

それでも「私になんか、こいういうヤツがお似合い」と思っていました。


結婚に失敗したのも、この自己肯定感の低さからだと思います。

 


これらのように、私は極端に自己肯定感が低いため、自ら不幸への道を無意識に選んでいたと思います。

そして「所詮、クズの私の人生なんてこんなもの」と諦めてもいました。

自分は粗末に扱われて当然の人間なのだ、とも感じていました。

生きていても楽しくない。

どうせ私なんかが死んだって、誰も傷つかないし、気にもとめてくれない。

 

ただ普通に「生きる」ということがつらかったのです。


続く

 

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