猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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猫見酒のうつ病体験その4 ~洗脳からの解放~

前回の記事はこちら

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 ~入院~

母が来てくれたおかげで、家事の負担も少しは減ったものの、私のうつ状態は改善されませんでした。

またいつされるか分からない借金に怯え、仕事と育児に追われ、心の休まる暇がなかったのです。


そんなうちに私は異常な行動をするようになりました。

お皿の上で、ひたすら紙を燃やし続ける。

炎を眺めていると何故か気持ちが落ち着いていたのです。

そんなある時、熱でお皿が割れ、その音でハッとしました。


「私は何をしていたんだろう?」


診察でそのことを医師に伝えると、「入院しましょう」と言われましたが、仕事を長く休むわけにもいかず、とりあえず10日ほど入院することになりました。

しかし、たかが短期間でうつが治るはずもなく、退院後はまたいつもの生活に戻り、むしろうつ状態は悪化しているように思われました。


さすがに見かねた医師が、「今度は3か月ほどの長期入院をしましょう」と勧めてきました。

私自身も、もう限界を感じていましたが、3か月の入院となると、さすがに仕事も辞めざるをえません。
散々悩みましたが、「これ以上は頑張れない。休みたい」との思いで仕事を辞め、娘のことは母にお願いし、入院することを決めました。


私が入院した病棟は「心療内科病棟」と呼ばれるところで、他の病棟とは違い、外出や外泊も自由。
ただひたすら心身を休めることが出来る環境でした。

ありがたいことに、黙っていても3食の食事が出される。
洗濯は病棟に設置されている洗濯機があり、自分でしなければいけませんでしたが、たかだか私1人分の量ですから、家での家事に比べたらずいぶんと楽なものです。
仕事も家事もしなくていい。
娘に会えないのはとても寂しかったですが、ゆっくりと休むことが出来ました。

「この入院でしっかり休んで、病気を治そう」

そう思える余裕も生まれてきました。

 

~覚え始める違和感~

入院時、担当の医師にカウンセリングを勧められました。

3か月の入院のあいだに全10回。

少しでもうつが改善されれば・・・、との思いでカウンセリングをしてもらうことになりました。


私はこの時まだ、「夫婦仲良く娘と3人で幸せに暮らしていきた」との希望を持っていました。

あれだけの借金をされ、元夫からも大切にされていなかったのに、です。

「私さえ頑張ればきっと上手くいく」と思い込んでいました。


ですから、入院してからの診察やカウンセリングでも、元夫の借金のことなどは相談出来ず、「あの人はいい人なんだ」「悪いのは私、だから頑張ろう」と思っていたのです。


私の本当の悩みを、医師やカウンセラーにも打ち明けられずにいました。

「うつになったのも私自身の弱さが原因、頑張りが足りないのが悪い」と話し、あとは子どもの頃から悩んでいた両親との関係にも原因があるのかも? という内容を相談する程度でした。

 

しかし、入院でゆっくり休み、頭が冷静になってきたことと、病棟で他の入院患者の人たちと話をしているうちに、少しずつ私のなかで違和感を覚え始めました。


「もしかして悪いのは私じゃないのかも・・・?」と。


結婚前に母親から言われた、「性格の悪いあんたなんかと結婚してくれるんだから、大事にしなさいよ」との言葉を受けた私は、元夫のことを「この人はいい人」と一所懸命に信じ込もうとしていました。


自分で自分を洗脳していたようなものです。


それが、長期の入院で休め、元夫と距離を置けたこと、他の人からの意見。
これらにより、その洗脳が次第に解けはじめてきたのです。

歪んでいた思考が元通りになってきたような気がしました。

 

もう入院生活も終わりをむかえようという時になって、初めて医師やカウンセラーの方に

「実は何度も借金をされ、苦しめられた」

と打ち明けることが出来ました。


不思議なことに、それを話すことが出来ただけで、私の心はずいぶんと軽くなりました。


「悪いのは私じゃなかったんだ」

「私は元夫からひどい目に遭わされたんだ。悪いのは元夫のほう」


心が自由になった。

そんな気持ちでいっぱいでした。

 

~そして離婚~

退院後、私は自分の気持ちを正直に元夫に話しました。

繰り返された借金で、お金に関することでは、もう信用出来ないということ。

私が苦しんでいるときに、何一つ助けてくれなくてつらかったということ。

これからは、病気を悪化させないためにも仕事はせず、家事と育児に専念したいということ。


元夫からの返事はこうでした。


「入院してから、お前は我がままになった」

「働いていないやつに文句を言われたくない」


借金をしたことへの謝罪もなければ、私にまた仕事家事育児の過酷な労働を強いてきたのです。


私の心は再び傷つけられました。


「この人とはもう一緒にはいられない」


そう悟りました。

 

せっかく入院したことによって、病気が治る希望がわずかながらに見え始めたのに、その希望を打ち砕かれた・・・。

 

私はもうボロボロでした。

それを見かねた母親が言いました。


「もう実家へ帰ろう」


私は黙ってうなずくしか出来ませんでした。

 

離婚時、元夫は「子どもはお前には渡さない」と言ってきました。

何一つ、子どものことなど面倒をみなかった人が、です。

「俺には子どもを見てくれる親戚がいる」

唖然としました。
自分で子どもを育てる意思はまったくないのです。

 

私は娘と母と共に、元夫から逃げるように離婚しました。


そして実家へと帰ったのです。

 

続く

 

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