猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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猫見酒のうつ病体験その3 ~うつ病の始まり~

前回の記事はこちら

www.nekomizake.com

 

~初めての自殺未遂~

病院で「うつ病」と診断されたものの、私の日常生活は何一つ変わらないまま。

仕事と家事と育児に追われる毎日。

いくつかの薬は処方されましたが、明らかな改善はみられません。
通院の度に増えていく薬。
気が付いたときには、1日20錠ほどの薬を処方されていました。

仕事で車の運転をする機会も多く、副作用の眠気は危険だったので、それを医師に相談しても、「仕事を辞めてください」としか言われず、そう言われたところで辞めることなど出来なかったので、常に睡魔とのたたかいでもありました。

「この病院はおかしいのでは?」との疑問もわきましたが、転院する元気もなく、仕方なくその病院へ通院していました。


元夫は私の病気のことを、自分の実家へ話したようで、その時、義母から「本人が頑張らないとダメじゃない!」と言われた、と私にわざわざ報告してきました。


「私が悪い、私が悪い、全部私のせい、私が頑張らなきゃ・・・」


そう自分に言い聞かせながら頑張り続けましたが、ある日の夜、その緊張の糸がプツンと音をたてて切れました。

 

「疲れた」

 

ただそれだけです。

もう疲れた。休みたい。

疲れた、疲れた・・・。


無意識のうちに、私は山のように処方された薬をすべて飲んでいました。

 

私が目を覚ましたのは、病院の集中治療室のベッドの上でした。

どうやら救急車で運ばれたようです。

実母も遠い地から駆け付け、義理の両親も来ていました。

ぼんやりした視界の中、義母が現れ、私を睨みつけていたのは覚えています。
義母は私の母に、「こんな病気だと知っていたら結婚なんてさせなかった!」と責め立てたようです。

私はそれを聞いて、元夫の実家とは縁を切ることを決意しました。

 

~元夫の三度目の借金~

一度目の自殺未遂後、仕事は一週間ほど休ませてもらい、その後はまたいつもの日常が待っていました。
悪い意味で何も変わりはしませんでしたが、さすがに転院だけはしました。

救急車で運ばれたとき、救急隊の方が「あそこの病院はね、こういうことが多いんですよ」と言っていたらしいです。


転院先の病院の初診時、なぜか元夫も「俺も診察してもらう」と言い出しました。

何を言っているか、私にはまったく理解できませんでしたが、後に理由を知ることになりました。

 

またまた元夫の借金が発覚したのです。

今度は100万円ほど・・・。


元夫は謝罪するどころか、「俺はもう、こういう病気なんだ」と開き直り、「お前が金を自由に使わせてくれないからだ」と私を責めました。


「私が悪い、私が悪い、だからこんなことに・・・」

私も自分を責めました。

 

私の両親は仲が悪く、私はそれがとてもつらかったので、娘にも同じ思いはしてほしくないと、どんな目に遭おうとも夫婦関係を悪くしないように頑張っていました。

これだけ何度も借金をされても元夫を責めず、「私が悪いのだから・・・、私さえ我慢すれば・・・」と良好な関係を築こうと努力していました。

ですから、病院での診察でも元夫を悪く言うことはなかったですし、借金をされたことも言えずにいたのです。

何より、元夫は私を一人で診察させませんでした。
常に診察は夫婦一緒。

これでは医師に相談しようと思っても、何も言えません。


また貯金から借金の返済をし、誰にも相談出来ない日々が続きました。

元夫は「俺も病気」アピールをし、仕事をさぼりがちになり、家事育児は当然なにもせず、私への負担はますます増えました。

 

もうこれ以上は無理・・・。

そう感じた私は、勇気を出して母親へ相談しました。

「私が手伝いにいくから・・・」

そう言って、母は仕事を辞めて、遠い地から私を助けに引っ越してきてくれました。
元夫も私の母親と住むことは何も文句は言わず、「お前の好きにしたらいい」と言いました。


これで少しは楽になれるかもしれない・・・。

そう淡い期待を私は抱いていました。


しかし、私のうつ病は、そんなことで治るほど甘いものではありませんでした。

 

続く

 

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