猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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猫見酒のうつ病体験その2 ~発病のきっかけ 結婚生活②~

 前回の記事はこちらです。

www.nekomizake.com

 

~仕事と家庭の両立~

 波乱の幕開けをきった結婚生活でしたが、結婚して1年ほどで娘を出産。
子どもは苦手な私でしたが、娘の存在はとても愛おしく、「自分の子どもというのはこんなに可愛いものなんだな」と娘が私のもとへ来てくれたことへの感謝の気持ちでいっぱいでした。

出産後、育児は正直とても大変なものでした。

2~3時間おきの授乳、抱っこが大好きな娘でしたので(ベッドに置くとすぐに泣きだすので「背中スイッチ」と呼んでいました)常に娘を抱きかかえ、元夫が片付けられない人間なので、部屋の掃除はこまめに。
当時は寝不足でフラフラしていたものの、可愛い娘のためだと思えば、それほど苦にはなっていませんでした。

娘も生まれ、元夫の収入だけで家計を保つのは無理だと思った私は、出産して半年後に、運よく娘を預かってくれる保育園も見つかったこともあり、フルタイムで仕事を始めました。

そこから私の多忙な日々が始まります。


朝5時半に起床し朝食の準備。
娘の保育園への連絡帳を書いたり、着替えを用意したり等の準備。
朝食後、後片付けをして保育園へ送り。
帰宅後は家の中の掃除に洗濯。
そして出勤。

フルタイムでの仕事を終え、娘をお迎えに行き、帰りにスーパーで買い物をし、夕食を作り、食後の後片付け。
その後は自分の体を洗うのもそこそこで娘を入浴させる。
それから娘の寝かしつけです。
たまの日曜の休みは、娘と公園などへお出かけ。

当時の私には、自分の時間は一切ありませんでした。

娘と関わることならば楽しいことでしたので頑張れましたが、何がつらかったかというと、家事育児をすべて私一人で担っていたということ。

元夫は自由業でしたが、私が働き始めてからというもの、仕事量を減らし、私の収入をあてにしていました。
その分、家事や育児をするかというと、それらもまったくなし。
私が育児や仕事で腱鞘炎や腰痛を患おうとも、代わりに家事育児をしてくれることもありません。

私の疲労は徐々に蓄積されていました。


そんな日々を過ごしているうちに、日常生活にわずかながら支障が出始めました。


スーパーへ買い物へ行っても、買い物が出来ない。

「なんか私おかしいかも・・・?」と違和感を覚えました。

買うものも決まっているのに、カゴを持ったままスーパーの中をウロウロすることしか出来ない。

今夜の献立も決まっていて買うべき食材は分かっている。
でもその商品を探せない。
見つけてもカゴに入れることが出来ない。

今思えば、怪しい客だったに違いありません。

結局、何も買い物が出来ないままスーパーを出る。

そんなことが増え始めていました。

 

そしてある日の夜。

夕食を作ろうと思い、台所に立ち、フライパンを取り出そうとしたところで体が動かなくなりました。

作るものは決まっている。

何をすべきか理解している。

でも体がまったく動かない。


結局、その後は何も出来ずに寝込んでしまいました。

それでも元夫は家事を代わってくれることはありませんでした。


今思えば、これは私の体と心からのSOSだったのでしょう。
「病院へ行ったほうがいいのかな?」とも考えました。

しかし私は「自分の頑張りがまだまだ足りないだけ」と思い込んでいました。

 

~元夫の借金再び。そして通院へ~

私には夢がありました。

それは「自分の家(マンションでも可)を持つ」ということ。

貧しい家庭で育ったので、ずっとアパート暮らししか経験のなかった私。
持ち家に大きな憧れがあったのです。

結婚してからというもの、自分の欲しい服や靴、アクセサリー、バッグ、化粧品も我慢して買わず、食事は外食を控え、節約メニューで乗り切り、コツコツと貯金をしていました。

いつかの時のための頭金になれば、と。


そんな中、再び元夫の借金が発覚。


200万ほど。


元夫はギャンブルはしません。
それならば何に使ってそんなに借金を作ったのか?

問いただしても「自分でも分からない」とのこと。

元夫はお金や時間にルーズで、かつ自分の収入の身の丈に合った生活を送れない堪え性のない人間でした。

この時の借金も、コンビニでの過剰な無駄遣い、お金がないのに趣味へつぎ込み、目に入ったものは興味があればすぐに買って散財する。

そんな理由でした。


ちなみに、この当時の元夫へ渡していたお小遣いは月に5万円。
元夫の収入は手取りで20万ありませんでしたから、決して少なくない金額だと思います。
対して私はお小遣い無しで乗り切っていました。

「また借金をされたら・・・」との思いで多めに渡していたのですが、それでも元夫にとっては微々たるものだったようです。


私は泣く泣く、それまで苦労して貯めたお金を借金の返済へあてました。


もう、私は心身共にボロボロでした。

どんなに頑張って働いて家事をして貯金をしても、すべてが無駄にされてしまう。

 

こんな目にあっても、まだ婚姻関係を続けようと頑張ったのは、婚前の私の母親の言葉が大きかったです。


「あんたは性格が悪いから、結婚なんて出来ないよ」

「あんたみたいな性格悪いやつと結婚してくれる人がいたんだから、一生大事にしなきゃいけないよ」


私さえ頑張れば、私さえ我慢すれば。

悪いのは私。

ずっとこう思っていました。

 

しかし、もう限界を感じた私は、心療内科へ行くことを決意しました。

それでも病院の門をくぐるには勇気が必要でした。

「あなたの性格のせいですよ」なんて言われたらどうしよう・・・。

そんな心配ばかりです。

 

でもそれは杞憂でした。

私は病院で「うつ状態」との診断をされました。

 

続く

 

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