猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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子どもは親を選べない

「子どもは親を選んでやってくるんだよ」
なんてメルヘンチックなことを言う人がいますが、そんなことは一切ありません。

子どもは親を選んで生まれてくることは出来ません。
少なくとも私は今の親を選んだつもりはまったくないです。
私には娘が一人おりますが、娘も私を選んだ覚えはないでしょう。もしも親を選べるのなら、もっと良い親を選んだはずに違いありません。それでも私のもとへ来てくれて、娘へは感謝しています。

世の中には「毒親」と呼ばれる親や、虐待をする親が少なからず存在します。そんな親を誰が好き好んで選ぶというのでしょうか?
「どんな親でもいないよりはマシ」と言う人もいますが、そういった親がいることも踏まえて発言しているのでしょうか?

「親を選べる」というのなら、なぜ虐待されて亡くなってしまう子どもが存在するのか?
なぜ毒親に支配され続けて心を病む子どもが存在するのか?

なかには自分の子どもを愛さない親もいます。
親としての責任を放棄し、子どものことよりも自分の欲を優先する親もいます。

実際に聞いたことがある話なのですが、親が平気で兄弟姉妹を差別する人もいました。
「下の子はかわいいけど、上の子とは合わない」
「男の子はかわいいけど、女の子は生意気でかわいくない」
悪びれることなく、こんな発言をする人が実在するのです。それを聞いたときにはずいぶんと驚きましたが、いざ自分の子どものころを振り返ると、私の母親もはっきりと口には出さずとも、私のことを嫌い暴力で支配していたのに、弟のことはとても可愛がっていました。
それでも、子どもは黙って耐えるしかないのです。
このような親のもとへ生まれても、「子どもが親を選んだ」と言えるのでしょうか?

毒親や虐待する親、差別をする親をもつ子どもに「この親を選んで生まれてきた」という言葉は残酷です。自分で選んだ親なのだから、どんな目に遭おうとも自己責任だと言われているようなものです。だから黙って耐えろ、というのは、ただでさえ辛い目に遭っている子どもを、さらに苦境へと追い込みます。

また、子どもを大切にしない親にかぎって、子どもに「お前が私を選んできたんだ」と言ったりもします。なんて身勝手な発言でしょうね。「産んでやった」「育ててやった」などと言う親もいますが、子どもを産むのは100%親の勝手な都合です。その責任を子どもに「お前が選んだ」と押し付けるのは、親として子どもを大切に育てる責任を放棄しているようなものです。

純粋な気持ちで「子どもは親を選んで生まれてくる」と言える人は、ある意味とても幸せな人なのでしょうね。よほど親の愛情を一身に受けて育てられた人なのでしょう。親が子どもに不幸になるように望む、そんな親がいるなんて想像もつかないくらい、大切に育てられた人なのかもしれません。
しかし、そうではない子どもは世の中に多く存在します。
ただただ幸せに生きてきた人には理解できないのだと思います。

しかし、親から大切にされなかった子ども時代を過ごした人にとって「親を選んで生まれてきた」というのは、どんなに心に傷を負っていようと、自分に責任がある、と責められている気になる言葉でしかありません。

ですから、どうかそのような言葉を使うことはやめてほしいのです。
これ以上、傷つけないでほしいのです。

 

「子どもは親を選べない」

 

この事実を世の中にはしっかりと認識してほしいと思います。

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