猫を見ながら酒を飲み日々思うこと

  日常思うこと、特にメンタル、親子関係、人間関係についてを綴っています。人生を豊かに楽しくすることを探求していきたいです。

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「なんで?」は否定の言葉

日常生活において「なんで〇〇なの?」と言われた経験は誰しもがあると思いますが、大抵の場合「なんで?」の後に続くのは、ほとんどが否定の言葉です。

なんで? なぜ? どうして?

勉強において「なぜここはこうなるのだろう?」と疑問を感じ、それを探求していくことは大切ですが、人間関係において「なんで?」と考えるとストレスに繋がります。

「なんでこんなことをするの?」
「なんでこんなことも出来ないの?」
少しでも自己主張の強いファッションをすれば「なんでそんな恰好をしているの?」
他人と違う意見を言えば「なんでそんなおかしなことを言うの?」「なんで空気が読めないの?」
相手が期待どおりに動いてくれなければ「なんでこんなこともしてくれないの?」
これらのように他人に対して「なんで?」と感じてしまうと、イライラしてストレスがたまる一方です。
逆に言われた側としても、「なんで?」と言われても返答に困ってしまうことが多いです。否定の言葉ですから心が傷つきもします。

私は小学生のころ、教室で同級生たちがワイワイと遊んでいるなか、一人で静かに本を読むのが好きな子どもでした。学校は集団生活を強いられ、みんなと仲良く過ごすことが良いとされていますから、私はクラスで浮いた存在だったのかもしれません。でも一人で時間を過ごすのが好きでしたから別段それがおかしいこととは思っていなかったのですが、周囲はそれを許してくれないのですね。
「ねぇ、なんでいつも一人なの?」「なんで喋らないの?」とクラスメイトから言われることも多かったですし、親や教師からは「友達をたくさん作りなさい」「なんでみんなと仲良く出来ないの?」とも言われました。「なんで?」と言われても、一人が好きだったのですから仕方ありません。
これらの言葉は当時の私にとって責められる言葉でしかなかったですし、私自身の存在を否定されているようにも受け取れました。

他人の趣味に対して「なんでそんなものが好きなの?」と言う人もいますね。趣味嗜好は他人様に迷惑をかけるものでなければ個人の自由です。とやかく口を出すものではありません。
ファッションにも人それぞれ好みがありますから、否定するものではないです。
個人によって出来ること出来ないことの能力の差はあり、得手不得手もあるので「なんでこんなことも出来ないの?」は言うべき言葉ではありません。
職場や学校、家庭内でありがちな相手への過剰な期待からくる「なんでこんなこともしてくれないの?」も、そう考えるとイライラしてしまうので、言わなくても察してほしいと思うよりは「ここはこうしてほしい」と伝えることが出来ればいいですよね。(とはいえ、なかなか言いにくいのも分かります)

自分がされて嫌なことは相手にもしない、というのは人間関係において基本的なことです。
否定の言葉を言われて嬉しい人はいません。誰もが少なからず傷つきます。
「なんで?」は言ったり思ったりするほうもストレスになりますし、言われたほうも辛いので両者にとってなんのメリットも生み出しません。
そうするより、言い方は良くないですが、良くも悪くも「この人はこういう人なんだ」と放っておく、というのもいいかもしれませんね。人を否定するのではなく尊重し受け入れることが出来るとなお良いと思います。

「なんで?」を減らすとお互いのストレス軽減にもつながるので、みんなでそのような人間関係を築きあげられるといいですね。

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